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zoom RSS 国鉄北越北線の驚くべきスペック

<<   作成日時 : 2009/03/20 00:26   >>

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日曜日に書こうとしていた本題の話です。

東京発の時刻表からブルートレインが消えるという歴史的な一夜を、大阪発のサンライズの車内で過ごしました。
翌朝、どう行動するか定まらないまま東京駅をぼけっとさまよっておりましたが、ふと思い立って国会図書館に行くことにしました。

そして「北越北線工事誌」を再度閲覧したわけです。
これで番外編レポートで不明になっている数字のほとんどは埋めることができることになりました。しかし、鍋立山トンネルの尺が長すぎるためか他のトンネルはかなりダイジェスト気味になっており、深沢トンネルからどうやって霧ヶ岳トンネルに工事用車両を入れたのかなど分からない部分も残りました。

で、まず始めにお詫びから。
国鉄計画の北越北線について筆者は相当誤認しておりました。
レポート中でも「せいぜい二両編成の気動車が」と言っておりますが、全くとんでもない話で。
国鉄時代の北越北線は、設備的には現在の上を行く規格だったのです。



誤認した理由は筆者がトンネルのページばっかり読むからですが、誤認に気づいたのもトンネルのある部分の異様な長さに疑問を持ったからです。
その部分とは、ずばり「トンネル内信号場の延長」であります。

画像

鍋立山Tの儀明信号場、薬師峠Tの薬師峠信号場、赤倉Tの赤倉信号場、いずれも形状は同じです。
複線断面の区間は680mもあり、単線断面との接続部は斜めにずれていて、かつ単線と複線のトンネル中心線は一緒になっています。

ここから読み取れる計画時の北越北線のスペックとは。
答えは、工事誌p347〜354に記載されていました。

画像

まず国鉄計画時の図です。
分岐器は16番両開き、線路有効長は460mとなっています。何と1000t貨物(コキ車20両・ワム車40両≒420m+機関車)に対応した設計で、当初から関東−北陸方面のバイパス路線として使用されることを想定したものでした。
16番両開きは、ノーマルな仕様でも75km/hで通ることができます。1968年、2軸貨車の運転速度がようやく75km/hに引き上げ(このときワム80000型が大量増備されます)となったことを考えると十分な規格と言えます。
双方向進入を許すための安全側線の設備も考えられており、トンネルの変な形状はこれが理由です。
ちなみに主要駅のホーム有効長は客車10両分、無人駅4両分となっていました。

このように、当時建設が進んでいた他の地方ローカル線とはかなり趣を異にする、大がかりな計画であったようです。電化まで考えていたかどうかは分かりませんが、公団線はいつでも電化できるようにあらかじめ断面を大きく作ってあり、上越・信越がいずれも電化されていることをふまえれば想定に入っていたのかも知れません。

ところが工事凍結。
第三セクターによる再興を待って計画は大幅に整理されました。
画像

図はノンスケールなのでご注意下さい。
規模は縮小され、線路有効長4両となってしまいました。
10番両開きは制限50、同時進入禁止となり安全側線も省略されました。
ほぼ同時期に作られた三陸鉄道がまさにこんなスペックです。
それでもトンネル内信号場を活用しようとしたのは、恐らく豪雪地帯のためと思われます。

そして、現在に通じる高速化対応。
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有効長は電車10両分。
1線スルー化が行われたため、直進側に半径4000mの曲線が挿入されています。
副本線は12番片開き分岐。ノーズ可動式となっています。
保安装置がATS-Pとなったことから、同時進入可能ですが安全側線はありません。

以上がトンネル内信号場の変遷です。



さて、トンネル内信号場と同じくらいかそれ以上に時代の変化を被った駅があります。
そう、頸城大島(現:ほくほく大島)駅です。
これは本サイトのレポートでも記したように、松代方の鍋立山トンネルがなぜ複線断面なのか非常に気になっていました。工事誌をちゃんと読めば答えが分かったというのに…反省。


頸城大島駅は、計画時は対向式2面2線の駅でした。
但し無人駅であったためホームの長さは当初から4両分だったようです。

ここで、レポートにもあるとおり、鍋立山トンネル大島方の複線断面の延長は330mです。
そして、保倉川を挟んで隣の深沢トンネルまでの明かり区間は140mしかありません。

ん?これじゃ足りない…
現在深沢トンネルは単線断面ですが、もしトンネル内信号場と同等の複線区間を得ようとすると210mも不足することになります。いくらホームが4両分であっても、線路有効長が無くては貨物を殿様列車として通すことになり、交換設備の意味がありません。
つまり、こうするしかありません。
画像

残念なことに深沢トンネルの工事記録は工事誌に載っていないのです。
なので、あくまで推測にとどまりますが、深沢トンネルの工事が始まったのは三セク発足後の1986年ですから、その段階で複線化を諦めたのではないかと思います。

画像

計画の練り直しによって、頸城大島は1面1線、有効長わずか2両分のミニマムな姿になります。
恐らくこの際、深沢トンネルの設計が変更され、全部単線断面になったものと思われます。

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高速化後も複線の駅に戻ることなく、交換設備として機能する可能性は無くなってしまいました。
というよりは、三セクローカルの規格の前提で深沢トンネルを掘ってしまい、ほくほく大島駅の工事も進んでしまっていたのでしょう。

一つ気になるのは、深沢トンネルの中心線が鍋立山トンネルと揃っていないことです。
前面展望ビデオなどでも、深沢トンネルの出口手前からほくほく大島のホームはまっすぐに見えます。
完全に複線化を諦めたなら鍋立山もろともど真ん中に線路を敷けばと思ったのですが、何故でしょう。



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